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【実体験】月収100万円稼ぐ僕が副業時代に何をして何を考えて周りはどうだったか語る

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GOOD NOISE株式会社代表 めちゃくちゃ激務なアパレルメーカーの営業から脱出したくて物販ビジネスの副業を開始、その後副業での収益が本業を上回り起業し法人化。現在では物販ビジネスと副業支援、マーケティング法人コンサルタントとして活動中。趣味はキャンプと奥さんと愛犬きなお。「楽しいを仕事に!」がテーマのブログTanojobも運営中 https://tanojob.net/
詳しいプロフィールはこちら

 

こんにちは!伊達です。

 

今回は僕が副業時代に何をして何を考えて周りの反応はどうだったかについて赤裸々に語っていこうかと思います。

 

他の人のブログなどを読んでいると結構ポジショントークも多くって副業のリアルな部分が語られていないってのが、この記事を書くきっかけとなりました。

リアルに言うと僕なんか副業して普通に友達との縁が一度切れてしまったり喧嘩したり、彼女の両親には婚約破棄を言い渡されたりしましたからね。

 

普通の生活をしていたらあまり入ってこないのが副業ってカルチャーです、でも僕はそれでもやってよかった、めちゃくちゃ幸せになったと感じています。サラリーマン時代に副業をやろうと決意してよかったと。

 

そんなわけで副業をやろうとしているプレイヤー全てにこの動画と記事が届けばいいなという気持ちで書きました、是非何度も何度も繰り返し聞いてモチベーションアップさせてください。

 

 

伊達はどんなサラリーマンだったか?

 

僕は新卒で就職した会社に7年間勤めたのち独立しました。

 

アパレルメーカーで、自社で企画した商品をイオンモールの専門店街などに入っている小売店さんなどに並べてもらうためにバイヤーさんに営業するといういわゆるルート営業のサラリーマンでした。

 

岐阜の中小企業で、まぁ一言で言ってしまえばもう、ブラック、超絶ブラック。

どんくらいブラックかというとブラックホールを5個集めて合体させて更にブラックにしたぐらいブラック…(わかりずらいw)ちょと箇条書きにするとこんな感じ。

 

  • 出勤7時前~退勤9時ー10時
  • めちゃくちゃ恫喝されたり頭はたかれたりする
  • 常に怒られている
  • 受注を取ってきても作れなくてお客さんに毎回謝る
  • 週1で東京・大阪出張
  • 給料アップをお願いしたら「お前はそんな事言う人だと思わなかった」って言う
  • 会社の売り上げも悪くってみんな常にイライラしている
  • 気を使わないといけない上司がごろごろいる
  • 休日出勤当たり前

 

ってな感じです、それでいて手取り23万でした。ボーナスは夏冬合わせて80万ぐらい、もう勘弁してくれよってレベルで普通にこき使われてました。

ただ、僕が仕事できないってのもあったかもしれませんよ?でも今はしっかりインターネットビジネスで生計を立てられてしまっているので会社の評価で言う仕事できないってのはお金を稼げる能力とあまり関係ないのかと思ったりします。

 

そんな会社員生活の中で始めた副業でどんな生活スタイルになっていったのか?次で語ります。

 

家でとにかく作業作業作業作業

 

僕がカメラ転売に出会った当時はカメラ転売のビジネスが出てきてまだ浅くノウハウが確立されていませんでした。

今でこそ僕はカメラ転売を教えていて結構ノウハウを仕組み化しているので副業1日30分で月に30万円稼げたり、パソコン初心者でも月に15万稼げたりと実績者を出すことができていますが、当時は本当にアナログな部分が多かったです。

 

なので生活的に言ったら会社から夜9時前に帰ってきて(副業始めてからは残業をなるべくしないと決めていました、絶対このマインドは持っておいた方がいいです)そこからヤフオク仕入れ。

 

ヤフオクでは9時~11時でオークションが終了する商品が多いのでそこでひたすら仕入れをします、しかも画面に張り付きながらポチポチポチポチと…今のカメラ転売プレイヤーには笑われるかもしれませんが自動入札ツールなどもなかったので本当にひたすらひたすらアナログに仕入れしてました。

 

そして仕入れが終わって撮影発送、家で撮影していたので深夜の12時ごろ夏ならパンツ一丁でストロボ使って撮影して、冬ならスエット上下でひたすら撮影です。

しかも商品にほこりがついていたりしたら撮影しなおしでひたすら大変でした、もう二度とやりたくないぐらい撮影しましたねwこれも今だったらコンサル生さんには普通に数回撮影して感じを掴んでもらったら、サクッと撮影発送を外注化してもらいます。マジ楽です。

 

そして深夜にコンビニ発送、コンビニ店員さんは品出ししているときに5~6個の荷物をもって発送しに行っていったのでひたすら迷惑だったと思います、本当にあの時のファミリーマートには感謝しています。店名はファミリーマート瑞穂中原店です、もし近くに寄るようだったら是非利用してくださいねw

 

そして3時4時にようやく就寝…そしてまた朝7時ごろに出社というルーティーンですね、本当に大変でした。今思い返してみてもやりたくはありませんw

もちろん土日もしっかりと副業、昼に食べに行くランチだけが生きがいの人間でした、辛かった。でもやってよかったです、そして今はそんな辛い思いする必要ありません、普通にもっと便利なノウハウがあります、情報ってのはつくづく大切だなと。

 

ではそんな生活をしていた副業時代ですが、親や仲間の反応はどうだったのか?その辺を詳しく語っていきます。

 

応援してくれた彼女 怒ってくれた仲間 泣いた親

 

そんな毎日を繰り返していた僕ですが、当時彼女がいました、今の奥さんです。

 

奥さんとは2週に1回や週に1回程度一緒に遊ぶぐらいの約束をしていたのですが、転売を始めた頃から僕の家にカメラの在庫が少しづつ届くことに不信感を抱いていました。

当たり前ですよね、彼氏の家にいきなり見知らぬ段ボールが山のように積まれていて中身は中古カメラってもう商売始めた臭いしかしませんwこいつは大丈夫なのかと。

 

でもそこはしっかりと彼女にも何をやっているかを説明しました、そりゃもう熱く説明しました。

今の会社では未来が無い事、そして物販で生計を立てたいって思っている事、後々は会社を辞めたいって思っている事。

 

言った当初はビビってましたが僕があまりにも没頭して物販をゴリゴリやっていたので「こいつは真剣なんだな」と認識してもらえました。多分不安だったでしょう、でも彼女ブロックを乗り越えられないようだったら事業は上手くいきません、本当に事業を続けていきたいなら彼女を説得できるぐらいの売上を作るべきですね。

 

ただ、彼女の同意は得られたものの、彼女の両親には結婚を断られましたw

既に婚約はしていたものの、独立したいことを伝えたら「じゃあもう娘とは一緒にできない」といって去っていきました、辛かったですがどうしても僕はサラリーマンを続けていくことが幸せになることとは思えず行動で、背中で見せていくように努力をしようと心に誓いました。

 

独立した当初は毎月義理の両親に収支表を送ってましたね、これだけ儲かっていると。まぁめんどくさかったしそんなのする必要も無いと思うかもしれませんが彼女が悲しむのが嫌だったのでとにかく送りました。

今では義理の両親ともども仲はいいです、結局稼げばいいんです、まじで。それが正義です、お金を稼ぎさえすれば不安が無くなるならとにかく稼いで了承を得ましょう。

 

僕の母親はどう思ったかといえば、会社を辞めると伝えたときはとにかく泣いてました。

息子の体を心配してというより彼女が可愛そうって事で泣いてました、僕自身もそれは結構心にきましたが本当に自分の道は自分で切り開いて行くしかないんでその辺はもう「かーちゃんみててよ」って感じで頑張るしかありません。まぁそれも稼いだら何にも言われなくなりました、やっぱり稼ぐのが正義なんですよね結局。そこでも実感です。

 

友達には心配されました、当時副業ってのはまだまだカオスに思われていて友達も僕の事を心配で止めてくれたりしたと感じます。そのことで口論になって一時期関係が切れてしまった仲間もいましたねぇ、今では仲もいいですが当時は僕も独立に息巻いていましたのでドリームキラーだ!という烙印を押したりしてたのかもしれません。

 

でもそうでもしなきゃ僕の精神が持たなかったのもまた事実です、自分の歩む道は間違っていないと、がんばった先に未来があると…それが僕の当時の信念でした、余裕はあまりなかったですね。

 

と、そんな感じの人間関係を過ごしていました、当時は本気で人生を変えたかったので色々軋轢を生んでしまって失礼な事を言ったりネットビジネスを勉強していない友達を悪く思ったりもしたりしましたがそういう時期も重要かと僕は思います。

違う環境に飛び込むって事は今までの自分を否定することですからね、それをやろうとしてる自分は過去を否定しないとやってられない、過去の否定=過去の友達も否定って事で精神を保ってました。あの時はごめん。

 

そんな感じで周りの人には色々と思われていましたが、今では自分の信念を貫いて頑張ってきて良かったなと。

 

だから副業プレイヤーの皆さんもちょっと周りの目が変わったり、批判されても負けずに自分の信念を貫いてください、チャレンジしている人を僕はカッコイイと思うし応援したいです。できますよきっと。

 

って事でまとめです。

 

一生大変なことが続く訳ではない、人生の中のほんの一瞬

 

副業ってのは一生続くわけではありません、僕も3カ月期間を区切ってダメだったら辞めようと、でもその間は一生懸命頑張って形にしようと頑張っていました。

 

人生の内のたった3カ月です、僕は3カ月で月収25万円を突破しましたがそんなもんです。いまならもっとノウハウも体系化されているのでもっとサクッと25万までは到達できるかと思います、実際僕のコンサル生さんもそんな感じです。

 

一生頑張り続けるのは辛いですが、一回実績を出してしまえばそこからは仕組み化したり外注化したりと自分の手が動くことなくお金を生み出すことができるのでその辺がネットビジネスの強みだったりしますね。

 

という訳で今回は僕の副業時代に考えていたことや実践していたことなどを話せさせていただきました、モチベーションが下がったなと思ったら是非この動画と記事を何度もみてやる気を出してください。きっとできますよ、この記事を読んだあなたなら絶対にできます。だって学もない金もない、コネもない何もない僕ですらできたんですから。

 

メルマガライン@ではこんな感じの事を日々話してたりします、是非登録して勉強してみてください、世界が変わると思います。

それではお読みいただきありがとうございました、頑張っていきましょう。

 

 

 

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